恋愛沙汰
私と彼の間にあっていいのはソレじゃない。
「…ったー」
手を肩にやるようにひじを曲げ、腕の痛む箇所をぐいっと覗き込む。見れば見事に赤くじんわりと滲んだすり傷。その程度を確かめて、私は手にしたタオルを首に掲げ水道へ向かう。迂闊にも洗濯カゴで擦ったそれは、流血もないし大げさでもないから放っておいても問題ないだろう。せめて水でキレイにだけはしておこうと、そう思い蛇口をひねる。
秋口の、少し冷えた水が気持ちい。
「何してやがる」
「ちょっとねー」
後ろから聞こえた声に、振り返ることなく適当な返事をする。偉そうな口調に、低く響く声。それが誰であるのかなんて疑いようもない。
心地よい温度を保って水が傷口へ当たり、腕を伝って肘から落ちる。ほんの少しの間、腕が冷えてしまわないうちに水を止め、首にかけたタオルで拭う。
その一連の動作が終わるのを待っていたのか、ふぅ、と息をついたところで彼が嘲るように笑った。
「またやったのか」
「またとか言うな」
「それで何度目だ?」
「…ちょっと不注意だっただけだよっ」
「ちょっと? いつも、だろ」
そう言って、彼は近づいて私の腕を取る。見せてみろ、と拒否する間もなく強引に。それはいつものことで、私も特に逆らうことはしない。しても無駄だというよりも、それが彼の義務であると思っているからだ。
部員の状態を彼はいつも把握していて、言わずとも、目が合わなくとも、彼は部員たちが思う以上に部員たちのことを知っている。
だからこれも、そのうちの一つ。
「大した傷じゃないよ」
「そのようだな」
そうは言うものの、彼は一向に私の腕を放す気配が無い。
…わざと?
そう思い、少しだけ、腕を引くような仕草をしたけど、それは強い力に阻まれて。
―― ヤバイ。
直感的に、そう思う。
同時に、どくん、と脈打つ鼓動。
そうして言葉よりも早く、ふいをつくように思いっきり手を引いて、彼の手から私の腕を開放する。彼はそれが不服なのか、怪訝な顔をしたけど、構ってなんていられない。仕事に戻ります、とそれだけ伝えて足早に彼から去る。
捕まってはいけない。
悟られてはいけない。
私と彼の間に在っていいのはそんな感情じゃない。
それが、私が彼の側に居るためのルールなのだから。
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今朝こんなメールが届きましたFROM赤い人。
[件名]HAPPY BIRTHDAY!!
[本文]跡部景吾、誕生日おめでとー!
だからどうしてそれを私に送るのだと小一時間問い詰めたい。
さきほどネトをしていたらこんなメッセでこんなことゆわれましたFROMS嬢。
『跡部景吾君お誕生日おめでとうございマース。』
だからどうしてそれを私に言うのかと(以下略)
追加。
今さっき拍手をみたらこんなメッセージがありましたFROMMさん。(引用御免)
『跡部、誕生日おめでとうございます!!』
だからどうしてそれを(以下略)
そして更に仲間に入るとかゆってメッセにてゆわれましたFROM青い人。
『跡部おめでっとー!』
だからどうして(以下略)